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【音楽ジャンル】演歌はなぜ衰退したのか? 日本固有音楽

General

演歌という部分のジャンルは見ている数がへり、日本だけにある音楽ジャンルです。今、演歌というジャンルが絶滅の危機にあるとも言われています。これは演歌というジャンル自体が日本でしか受け付けなかったということと、外国には全く流行することがなかったからです。演歌は2000年代に入り、急速に衰退しており、恐らく完全に消えてなくなる可能性が高まっています。

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演歌とは?

演歌とは戦後の日本において大衆音楽として人気になったジャンルです。JPOPが到来するまでは日本の主要ジャンルとされていました。1970年代には演歌という言葉が完全に民衆にも認知されたジャンルです。演歌が用いる音階の多くは日本古来の民謡等で歌われてきた音階を平均律に置き換えた五音音階が使われることが多いです。歌唱法の特徴としては、小節と呼ばれる独特の歌唱法が用いられ、独特感があります。また、巧妙にビブラートを意図的に多用する傾向にあります。演歌歌手は和服を着るという文化があり、必ず演奏時には着用します。演歌は日本の大衆に受け容れられ、流行音楽の一つの潮流を作り出してきました。

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歴史

演歌というジャンルは19世紀末に日本で活発化した自由民権運動の時代に生まれました。政府に反発するために政治を風刺する歌となり演歌が生まれたのです。最初は演説でしたが、徐々に歌となり、ヴァイオリンでの伴奏が導入されるなど、芸人の要素を強めていきました。1900年代になると、歌謡として認知されるようになり、演歌の歌手というものも登場していくようになりました。曲調は当時アメリカで大流行していたジャズ風のものが多く、歌唱法は演歌という組み合わせが多数派でした。第2次世界大戦後はラジオやテレビの普及により、一般層にもかなり普及した音楽でした。昭和時代に演歌は最盛期を迎えていました。

衰退

しかし演歌は平成時代を迎えると、徐々に衰退していくようになります。それは若い世代がJPOPと呼ばれる欧米圏のポップスを日本風にしたジャンルが流行することになったからです。1996年にはオリコンチャートに演歌がシングルチャート100位以内に一つも入っていないという異常事態が起こりました。レコード会社の演歌部門撤退による演歌歌手のリストラもこの時期に行われており、演歌の本格的な衰退がはじまったのです。2000年代前半にはJPOPが衰退したことにより、一時的に盛り返すも、2010年代以降は完全に忘れ去られてしまったジャンルになりました。演歌は高年齢層限定のジャンルという認識が強いのは否めず、若い世代には拒否反応を示す人も少なくありません。

有名アーティスト

有名アーティストを一覧で紹介します。ニュースで若者の世代は見ることもなくなりました。歌謡曲が海外からの影響を受けた邦楽がメインとなり、これが原因で離れていきました。カラオケ番組のカテゴリでも洋楽やロックのバンドの歌詞を歌う方ばかりになっています。新しい演歌の作詞も作りてが減っています。クラシックのように衰退していっているのが現実です。

Hibari Misora

日本の歌謡界の女王と言われていました。9歳でデビューし、その天賦の歌唱力で天才少女歌手と謳われて以後、常に第一線で活躍していた歌手です。昭和の歌謡界を代表する歌手と言われており演歌の象徴的存在でした。

Aki Yashiro

日本の歌手、女優、タレント。小さいころから地元の歌唱コンクールなどにも出演しており、18歳で歌手デビューしました。ジャズ、ブルース歌手としても活動しており演歌に限らず歌っています。昭和後期時代における代表的な歌手です。

Fuji Keiko

日本の演歌歌手で、夫は音楽プロデューサーです。1960年代から1970年代にかけて活躍した歌手で、他の歌手のヒット曲も幅広くカバーしており、多くの曲でファンを獲得していました。2013年に死去しました。

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